子育て卒業記念日! ウエディングドレスのわけとは? 12年間、膝まで伸ばし続けた髪もカット!(No.2)

子育て卒業記念日! 
ウエディングドレスのわけとは? 
12年間、膝まで伸ばし続けた髪もカット!

(2)自帰依自灯明? (じきえじとうみょう)

生まれたばかりの雛鳥が、巣の中で親が運んでくる餌をついばみながら成長して、柔らかな羽毛が大人の羽に生え変わっていき、マダラ模様模様になってきて、そのうちすっかり親鳥と同じ羽が揃う。

そうして、親鳥の羽は少しばかりくたびれてきているところ、雛鳥は生えそろったばかりの立派な羽を何度も何度も震わせて、巣立ちの用意をしている。

新たな世界への心踊る挑戦が待ちきれないかのように、、、。

下の子どもが大学院に入った頃から、そんなふうに感じる子どものことを頼もしく思う反面、彼が荷物を詰めたリュックを背負って「じゃあね」と玄関を出ることを想像すると、まるで失恋でもしたかのように泣きたい気持ちになりました。

 

 

 

今、ここでそれを書くのを私は恥ずかしいことだと思っていません。

子育てでは、よく母親の行為について色々言われます。

でも、母親だって、初めて母親になったのです。

ママはマリア様じゃありません。

最初から何もかも完璧になどできません。

できなくてもいいと私は思っています。

試行錯誤し続け、あちこち頭をぶつけて、遠回りしたり、落とし穴に落ちたり、ママは色々なことに遭遇するのです。

本当は一緒にパパも遭遇してほしいのですけど。

なので、一生懸命したら、それで良しとしています。

子どもたちに聞いたことはありませんから、彼らが何と言うかはわかりませんが。

 

 

 

今でも信じられないですが、子どもがリュックを背負って「じゃあね」と出て行く、、、それは考えたくないほどでした。

まさか私が!?と、これまた自分に驚きました。

私の好きな言葉に、お釈迦さまがおっしゃられたという「自帰依自灯明、法帰依法灯明」という言葉があります。

自分の母の母校という理由だけで行った高校が仏教学校でしたので、毎朝お経を唱え礼拝をしていて、覚えていた言葉です。

お釈迦さまが亡くなるときに、弟子たちがこれから何を拠り所にすればいいかと尋ねたときの言葉で、自らを拠り所、法を拠り所にせよとの意味です。

勝手な自分の解釈ですが、自帰依自灯明という言葉が好きで、自問自答、セルフカウンセリング?をしました。

「子どもが独立できることはいいことでしょ?」

「もちろん。」

「もし、独立できる力を持たせてあげられなかったら、あなたはどう感じるの?」

「自分を責めるかな。」

「だったら、今の状況は大いに喜ぶべきことでしょ。」

「まぁ、そうなんだけど。」

「もし、このまま淋しい気持ちだけにフォーカスし続けたらどうなると思う?」

「子どもは敏感だから、そのうち気がついて、せっかくの独り立ちのお祝いがだいなしになる、きっと。」

「それはあなたの望んでいること?」

「いいえ!」

「あなたの望みはなに?」

「私の望みは、子どもたちが自分の翼で、堂々と自分の人生の大空を羽ばたいていくのを応援すること。」

「そして、そんな子どもたちのこれからの物語を楽しみながら、いざという時は力を貸してあげられる存在であり続けること、それが理想。」

「だとしたら、これからどうする?」

「独立に向けて応援する。」

「具体的にはどうする?」

「ちょっと考えてみる、、、。」

 

 

 

子どもたちが全員独立したことをお話しすると、大抵の人から「淋しいでしょう。」という言葉が返ってきます。

私は、子どもが独立したという人に出会ったときはこう言います。

「それはおめでとうございます!
長い間がんばったんですね!
これからですね!
子育ての喜びを超える喜びを創造できたら、すごいことですよね!」

そう、時代は私たちに、子育て後の時間の贈り物をしてくれたのです。

さぁ、その時代からの贈り物をどうしましょうか?

 

 

 

貴女はどうします?

 

 

 

 

 

 

(次回に続きます)

 

 

 

🍓イチゴからのお手紙 いつもがんばっているあなたへ

画像の無断転載は禁止です。